モノを残す
一般住宅の瓦下の防水処理にはルーフィングが多用されているが、文化財建造物では「土居葺板」と呼ばれる、天然サワラの手割板が使用されている。
杮葺に代表される板葺屋根は20年~30年ほどで葺き変えられるのに比べ、瓦葺きはおよそ100年。その下葺材である「土居葺板」は同じように100年は残ることになる。
下葺材であるため、杮葺に比べると格下のような取扱いに思われるが、この「100年は残る」ことに大きな意義があるように感じる。
植物性の屋根は葺き替えられてしまうため、古くてもたかが20年前の物。このように「モノ(材料)」が残らないことから、技術の伝承が困難になるため「選定保存技術」に指定されているという側面もある。
もし仮に「瓦下だから雨は直接かからないし、材料は何でもよい。安ければよい」と言って、工事を進めるとしたら、100年後には「モノ」が残っていないことになる。
割板に使用される天然林は保護の対象になり、伐採の制限は今後ますます厳しくなってくるだろう。天然サワラも保護の対象になっているが、木曽ヒノキをはじめ、木曽の木材は世界に誇る優良材である。これらの木をしっかりと使用し、その良さを伝えていくことも我々の大切な仕事だと思う。
いずれは使用できなくなるかもしれない木材。もし100年後の工事の時、天然サワラが文化財の屋根から消えていたら、これらの木材に支えられてきた技術があったという事実を知る術になる。これが将来の技術者にとって大きな財産にもなるであろう。
天然林に代表される森林資源の保護は大切な事。
他方でこれらの森林資源に支えられてきた技術・文化を伝えていく事も大切なこと。
なぜ屋根材に天然サワラが使用されてきたのか?
この意義と理由をしっかりと考えながら、仕事を進めていかなければならないと思う。
大きな課題で答えはなかなか出ないが、森林の保護と木材の利用は対峙する物ではなく、きっと、寄り添いながら共に立てるものだと信じている。