誰にも真似できない
先日、会計士さんがみえていた時の事、
数字をいろいろ聞かれ、資料をもとにこたえていましたが、ふと彼の手元を見ると…
ものすごいスピードで電卓を打ち込んでいるではありませんか!
またたく間にその虜となり、しばし見とれていました。
(私)「早いですね!」 (会計士)「いやいや私は遅いほうで…まだまだですよ」
私たちはよく「職人」として取り上げらることが多いですが、どうもこの言葉がしっくりきません。「その道のプロ」「技を極めた人」のような意味なのでしょうが、往々にして伝統技術の世界で使用され、それ以外の仕事とは一線を画したものとして取り扱われます。
おそらく「特別な存在」としての価値を認知させることで、無くなりつつある技術を将来にわたって継承するため、敢えて使用されてきた「キーワード」のような気がします。
冒頭の会計士さんも、私などは比べ物にならないくらいの電卓打ち技術を有しています。さらに早い方もおられるというのだから、そのひとはまさに「職人」ですね。
同じように、スーパーのレジ打ちや包装のスピード、たこ焼きさんの手さばき、電気屋さんの配線技術、マクドナルドの店員さんの動き、運送屋さんフォークリフトの取り回し‥等、多く仕事その道を極めた方々がたくさんおられます。
みなさんその道のプロフェッショナル。
つまり、ある一定以上のレベル=そうそう真似できないレベルに達した人たちは、みんな「職人」なのではないでしょうか?
年に何回か新聞や雑誌の取材がありますが、その取り上げられ方に疑問を持ち始めています。
伝統技術→ 高齢化・資源の枯渇→ 継承の危機 → 技術の衰退・消失…
→ これはまずい → その素晴らしさを伝える必要性 → 「職人」の技を取り上げる。
少し雑な表現ですが、大体こんな感じで紹介され、私たちは「職人」というカテゴリーで括られていきます。
これがますます伝統技術と呼ばれる、昔から当たり前に行われてきた仕事を一般社会から遠ざけていくような気がします。言ってみれば「天然記念物」のような取り扱いですよね。
もちろん取り上げていただくことは大変光栄なことですし、認知度の低い仕事ですから発信していくことも重要なこと。
また、「職人」「伝統技術」といったキーワードを使ったほうが多くの方に分かりやすい。ということもあるのでしょう。
でも、どんな仕事であれ、みんな「職人さん」なんです。
私たちも「板へぎ」をおこなう、単なる「その職の人」なのです。
そんな気持から立ち上げたのが…